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りんごを想う

りんご、リンゴ、林檎・・・
ひらがなで書くりんごが、私のなかのりんごのイメージに一番合っている。
それは物心ついた時から、いつも、そこにあるもの。

祖父が始めたりんご畑。母が嫁いで来てからは、主に母がりんご畑を守っている。
母は真冬の1月以外は毎日りんご畑にいて、私も毎日りんご畑に行っては、母の仕事をながめ、りんごの木にのぼり、かえるを捕まえ、犬と遊び、物知りの祖父の話を聞き、でもこどもの私に手伝えることはあまりなく、退屈で退屈で、「おかあさん、もう帰ろうよ」と、何千回言っただろう。
母のにおいは、畑の、りんごの、木の、葉っぱの、土のにおい。
りんご畑の仕事に毎日忙しい母の、そのにおいが大好きだった。
でも、母をひとり占めしているりんご畑は、あまり好きではなかった。

あたりまえにそこにあるりんご。
給食に出るりんごは、味がなくて好きではなかったけれど、だからといって、うちのりんごが特別においしいとは、意識したことがなかった。

母がつくるりんごに、特別な想いをもつようになったのは、ひとり暮らしを始めた年。
ひとり暮らしのアパートに、箱いっぱいのりんごが届く。
一日ひとつ食べても、1か月以上は終わらないであろうりんご。
すこし黄味がかって真っ赤な、つやつやの、ごろごろの、甘いにおいのそれは、母の気持ちそのものに見えて、嬉しくて、なつかしくて、恋しくて、今思い出しても胸がいっぱいになるくらい。
そして、とびきりおいしい。
ああ、こんなにおいしかったんだ。
みずみずしくて、実がしまって、味が濃くて、かじるとぱあっとはじける感じ。
母がつくる、うちのりんごは本当においしい、と自慢しだしたのはそれから。

でも、私が手伝ったりんご畑の仕事といえば、枝ひろいとか、少しの草刈りとか、りんごのかご運びとか、味見とか。
だから、母が一年かけて、どうやってあんなにおいしいりんごを育てているのかは、あれほどりんご畑に入り浸っていたのに、ちっとも知らなかった。
ただ、おいしいりんごを見分ける目と嗅覚だけは、研ぎ澄まされた。

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