上田のイメージ01
上田のイメージ02
上田のイメージ03

ムクのこと

生産者のむく

3人兄弟の末っ子に生まれ、
父母と祖母のあふれんばかりの愛情を浴びながら、
横浜の、割と自然の多いところで、虫捕りや川遊びなどをして育ち、
高校・大学を出て、東京で会社員をしていた。
その会社では、いろんな経験をして、いろんなひとと出会い、
のちに結婚するひととも仲良くなり、仕事も忙しく、楽しかった。
楽しかったけれど、ちょうど会社が不況のあおりを受け、
先を見つめなおすタイミングがきた。
そんな時、結婚することとなったひとの実家から送られてきたりんごが、
とても、とてもおいしくて感動した。
そして、結婚してしばらくしてから、
その実家のある長野県上田市に引っ越すことになった。


上田のこと

上田の地図

引っ越しは決まったものの、長野県上田市とはどんなところだろう。
山と、雪と、スキー場と、避暑地と、信州そばと、りんごなんだろうか。

上田盆地の真ん中には、日本海へ向かって、千曲川がながれている。
その川の右岸は、戦国一の兵(つわもの)と呼ばれた、
真田氏の上田城を中心とした城下町があったところ。
左岸の塩田平は、鎌倉時代の執権北条氏の一族、
塩田北条氏の所領であったところで、信州の鎌倉と呼ばれている。
真田幸村は、昔から割と好きだった。

上田盆地は、年平均気温が約12℃、
最近の年間最高気温は36℃くらいで、最低気温は-10℃くらい。
昼と夜、夏と冬の寒暖の差がとても大きい。
また晴天率が高く、年間の平均降水量が約900mmと、
全国でも有数の雨が少ない地域で、雪も、それほどには積もらない。
そんな雨の少ない地域ではあるものの、千曲川とその支流の豊かな水や、
農業用ため池などのおかげで、深刻な水不足は少ない。

ムクノモリのこれから

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晴れの日が多く、日照時間が長く、雨が少なく、
寒暖の差が大きく、山からの水源は豊富・・・
とくれば、りんごやぶどうのくだもの栽培にこれほど適した地はない。
上田でしかできないことを、やろうと決めた。
悩んだわけではなく、きっと大変だろうとは分かっていたものの、
すとんと決まった(自分の中では)。

結婚したひとの実家は、ちいさな兼業農家で、ちいさなりんご畑があった。
そのちいさな畑でとれるりんごは、今までに味わったことのない、
みずみずしく、解放感たっぷりの、おいしいりんごだった。
そのまわりには、ちいさな山々がたくさんあり、
後継者のいないくだもの畑がたくさんあった。
こんなに、ぶどうもりんごも、毎年けなげに花を咲かせ、葉を茂らせ、
実をつけているのに、育てる人たちがいなくなるなんて、もったいない。
その畑がもったいない。 この産地がもったいない。

一から畑をつくるということは、膨大な時間と費用と手間がかかる。
それが、脱サラ農業の一番むずかしいところ。

この地域では、今まで率先して新技術を取り入れ、
新品種を栽培していた方々が高齢となり、畑の維持がむずかしくなっている。
後継者がおらず、大きなぶどうの木やりんごの木を、
心を痛めながら切ってしまう方々もたくさんいた。
そんな中、運よくご縁をいただいて、
いくつかのぶどう畑とりんご畑を、引き継がせていただくこととなった。
これほど、ありがたいことはない。

上田のぶどうとりんごは、全国的には、まだまだ知名度が高いわけではない。
それでも、こんなにおいしいのだから、
もっとたくさんのひとに食べてもらいたい。
だからまずは、引き継いでいこう。

とは言っても、後継者がいなくなりつつある畑は荒れはじめ、
病気も出やすく、害虫もとても多い。
だから、今は最低限の慣行防除(農薬散布)はするけれど、
畑が元気になってくれば、可能な限り、自然に近い状態で育てていきたい。
土をつくり、草を刈り、水をやって、木々の自然な声をきき、
天気と上手につきあいながら、畑を守っていこう。
上田という産地を守っていこう。